家族が言うには、私はコアラに似ているのだそうだ。
だが、オーストラリアでコアラを抱いたことのある私は知っている。彼らの毛はゴワゴワと固く、鋭い爪を持ち、見かけよりずっと重い。そして、ヒトに対しては清々しいほどに無愛想である。正直、あまり可愛い生き物ではない。
私が何度そう訴えても、やはり似ていると言うのだから、何かしら共通点はあるのだろう。顔に占める目の小ささ、丸いフォルムと重量感、こうした特徴は確かに思い当たる。
しかし、見た目以上に生態が似ているのだと娘は言う。彼女が主張する、私とコアラの共通点は以下の通りである。
コアラ:他の動物が忌避するユーカリを食べる生存戦略
nemo:モテない変わり者を夫にする生存戦略
コアラ:ユーカリの毒素を分解するため、日に20時間の睡眠を必要とする
nemo:ストレスに対処するため、長時間の睡眠を必要とする
……ここまで指摘されると、私もコアラに似ていることを認めざるを得ない。
ヒトとしてのプライドを捨てて、いっそ自分もコアラなのだと開き直ってしまえば、もっと生きやすくなる気もする。人より睡眠時間が長く、稼働時間が短いのも、コアラだから仕方ない。そんな己の境遇を嘆くことなく、コアラは淡々と生きている。
コアラが家事をしたり、ブログを更新したり、乗り物に乗ってどこかに出掛けたりすれば、それはとんでもなくお利口で頑張り屋のコアラだ。自己肯定感を上げるひとつの試みとして、コアラとして生きてみるのもアリだなと、本気で思う今日この頃である。
もういいよね、コアラでも。