コブラ酒と私
実物は見たこともないけれど、理由もなく気になるものの一つに、「コブラ酒」というものがある。その名の通りコブラを丸々一匹漬け込んだ酒で、瓶の中にはとぐろを巻いたコブラが鎮座している。インドや東南アジアでお土産として売られているらしい。
苦手な方も多そうなので、イラストで。
こんな物をもらったらどうしようかとよく考える。私は、調理中の料理酒にも酔うレベルの下戸。仮に飲めたとしても、正直すすんで飲みたい代物ではない。
中身を捨てて処分するとしても、中にコブラが入ったままではゴミには出せない。コブラをお箸か何かで引っ張り出せばいいのだろうか。出したら出したで、燃えるゴミにするのも可哀想である。堂々たるヘビの亡骸なのだから、どこかに埋葬してやらねばなるまい。
マンションが立ち並ぶこの近辺だと、候補となる場所は小さな公園、時間帯は人目につかない深夜一択である。しかし、真夜中の公園で大蛇を埋めようとしている人間など、不審者以外の何者でもない(私なら100%通報する)。いかにもペットが死んだという体で泣いていれば怪しまれないかも知れないが、ますます怪しい気もする。
無理に処分しようとせず、どこかに仕舞い込んでしまうのも、かなり現実的な案である。しかし私の死後、遺品整理にあたり、娘が同様の葛藤をすると思うと気の毒だ。消極的な理由で「nemo家代々の秘宝」的な扱いになるのも、何か違う。
一方、コブラ酒を手に入れてしまったら最後、その迫力ある存在感に魅了されてしまうのではないかという予感もある。ガラス越しに睨みをきかせるのは、世界最凶のヘビ。毒と時間を溶かし込んだ証として、琥珀色を深めていくアルコール。悪趣味であることは否めないが、オブジェとしての魅力はかなりあるように思う。
好奇心が昂じて、最近ではコブラ酒作りの動画を見ている。ベトナム語で蛇酒を表す「rượu rắn」で検索すると良い。
中には素手でコブラを〆るところから始まる動画もあり、梅酒を漬けるのと大して変わらぬ緊張感で行われていることに驚く。そしてそれは実際、赤ちゃんの泣き声が聞こえて来るような、民家の軒先で作られているのである。
家庭用のコブラ酒は、日本のスーパーでもよく見かける、ごく普通の保存瓶で作られる。土産物用のコブラ酒は、豪華な専用の瓶で作られ、見栄えを良くするために様々な工夫が施される。コブラのエラを美しく見せるためにプラ板を内側から仕込んだり、頭部を細い糸で吊ったりする。
加工されていくコブラを見ながら、その一生に思いを馳せる。また、一匹のコブラとその所有者になる人間が、広い地球で出会う確率に運命的なものを感じ、思わず胸を熱くする。かくして私は、やはりこんな物を手に入れたらどうしようと、終わらぬ思考のループに陥るのである。( ➡ ︎第二段落に戻る)